インド旅行における乗車券と入場券の予約
IT大国インドにおいて、長距離移動する際の列車、バスの予約や、観光施設への入場券の予約にはスマホ利用が便利だということを、身をもって体験しました。
長距離移動の列車、バスの予約
列車を予約するには、前もってインド鉄道にアカウントを開設する必要があります。
IRCTC – Official Indian Railway Catering & Tourism Corporation Portal
この作業は出発前に行いましたが、若干手間取りました。また登録料として日本円で218円かかりました。
その後列車を検索してチケットを取るわけですが、これが厄介でした。
クレジットカード(エポスカード)で決済すると、日本サイドでは引き落としされるのに、インド側でエラーとなりチケットが発行されない、ということが2回続けて発生しました。インド鉄道から、失敗した取引について何時間以内に返金します、とメールが来るのですが、返金される様子がなく、クレームのメールを出して何日後かにようやく返金されました。ところが、引き落としされたその日本円の金額ではなく、ルピーでの返金になるので為替レートの変動により差損益が発生しました。1回目の取引は差益、2回目の取引は差損が生じ、合わせると若干の差損となりました。
3回目からはエポスカードの利用をやめ、REVOLUTで決済してみたら、エラーとならずチケットが確保できました。海外サイトの決済にはやはりREVOLUTが優れています。
列車チケットの入手については、下記サイトを参考にさせてもらいました。
インド鉄道予約・オンラインでチケットを取る方法【2024年完全版】 | インド情報メディア ティケ!
スマホで予約を管理するには下記のixigoというサイトが便利です。インド鉄道のアカウントと連動しており、鉄道だけでなく、バスや飛行機の予約もできます。
ixigo - Best Travel Website, Book Flights, Trains, Hotels & Buses
ixigoでは全行程における列車の到着予定時間がリアルタイムで表示され、スマホにも乗車駅に何分遅れで到着…と通知が来ます。インドの鉄道は遅れるのが当たり前なので、予定時刻がわかると準備もできます。また、全車両の構成と各車両ごとの座席配置図を見ることができます。インドの列車は車両が長いので迷いますが、その図があるおかげでどの車両に乗ったらいいかわかります。


My Tripsのページには、現在・過去・未来の列車履歴が掲載されていますが、何の具合か時々今乗っている列車が表示されなくなることがありました。その場合は慌てず、予約したときに振り出されるPNR番号(Passenger Name Record)を入力することで記録を復元できました。
観光施設や史跡の入場券の予約
観光施設や史跡に入場するためのチケットは、インド文化省が運営する公式サイト
から入手するのが最適です。窓口で購入する場合、列に並んだり、クレジットが使えないケースもあるようですが、eチケットならその心配はありません。この公式サイトから申し込むと、即座に入場するためのQRコードがスマホに送られてきます。ダウラターバード要塞、ビービー・カー・マクラバー、エレファンタ石窟などは、窓口の横でQRコードをスマホで入手し、入口でかざして入場しました。
一部の観光施設(セント・ジョージ要塞やティプー・スルタンの夏宮殿など)の入場料は完全キャッシュレスで、QRコードを読み込んでチケットを買うシステムでした。おそらくQRコードの先は文化省の公式サイトだと思われます。

AIでeチケットのことを調べていたら、「Klookのような旅行サイトから申し込むと10%引きになる」と表示されましたが、これは大嘘でした。実際には10%くらい高くなりました。AIのことを100%信じてはいけない実例です。
現代の海外旅行はスマホなしでは考えられません。便利になった反面、大事なものが全てスマホに入っているので、よほどスマホを失くしたり盗まれたりしないように気をつけないといけない。ということを実感しました。
インドにおけるQRコード決済(UPI)について
今回のインド旅行で感じたのは、インドではQRコード決済が主流になっている、ということです。バスや鉄道の公共交通機関、オート三輪やタクシー、商店、レストラン、ホテル、露天商までQRコード決済ができます。

しかし、このQRコード決済は外国人は利用できません。(最近利用できるようになったー後述)
それも含め、今回支払いの場面で特に困ったのは以下の点です。
1.国際クレジットカードが使えない
ムンバイのような大都市では多くの店やレストランで国際クレジットカードが使えますが、地方都市に行くとクレジットカードが使えないという場面に出くわします。
アウランガーバードのような人口100万人を越える中堅都市でさえそうでした。レストランでクレジットカードが使えるか、と聞くと、使える、という返事だったのでそこに入り、いざ支払いの段になって、何枚かのカードを試しましたが決済ができませんでした。スーパーで買い物をしたときもそうでした。クレジットが使える、ということでしたが、決済端末を通してもエラーになりました。インドの銀行が発行したクレジットカードならOKですが、国際クレジットカードは決済できない、ということなのです。
チェンナイのホテルでクレジットカードで支払おうとしたら、4%の手数料がかかる、と言われました。チェンナイのような大都市でもクレジット決済は一般的ではないのです。なお、ムンバイでは余計な手数料は取られませんでした。
2.現金で払うにも釣り銭がない
外国人が最も苦労するのは、現金で払おうとしても相手側に釣り銭がない、ということがしばしば発生することです。キャッシュレスが浸透しているため、相手側に現金の用意がないのです。日本人の感覚からすれば、釣り銭を準備してないなんてサービス業として失格だと思うのですが、インドでは通用しません。
ベンガルールのホテル代3888ルピーに対し、現金4000ルピーを渡したら、釣り銭がない、というのです。ここはクレジットカードの支払いもダメでした。結局どこかから釣り銭をかき集めたのでしょう、翌日釣り銭を受け取りました。
ハイダラーバードのホテルも同様でした。宿代は2808ルピーでしたが、クレジットカードはダメ、現金で3000ルピー出したら釣り銭がない、と言われました。結局ここもどこかから釣り銭を集めてきて、翌日受け取りました。
ラモジ・フィルムシティから市内に帰るオート三輪で、乗車賃はいくらか聞いたら250ルピー。着いて300ルピー出したら釣り銭がないというのです。たった50ルピーの釣り銭の持ち合わせもなくオート三輪を乗り回しているのです。このときは、250ルピーには足りませんでしたが、持っている小銭を全部出して勘弁してもらいました。(小銭を用意してない方が悪いと思うのですが)
アウランガーバード駅から市内に行くのにバスに乗りましたが、25ルピーの乗車賃に対し100ルピーを出したら車掌が怒り出しました。バスの車掌さえ小銭を持ってないのです。このときはコインを合わせたら足りたので助かりました。
小さな買い物をしたり、バスやオート三輪を利用したりする際には10ルピー、20ルピー、50ルピー程度の小銭を持っておくことが必要です。
100ルピー、200ルピー、500ルピーの高額紙幣を細かくしようと、商店で小さな買い物をするのはダメです。もともと釣り銭がないからです。一番いいのは鉄道やメトロの窓口で切符を買うことです。その窓口なら釣り銭は大丈夫かと思います。
ムンバイのメトロには券売機がありました。さすがムンバイ、と思いました。が、券売機としては機能は不十分です。切符を買おうとすると、支払い手段として「現金」と「UPI(QRコード)」の選択肢があります。外国人はもちろん現金を選びますが、ちょうどの金額を投入しないと切符は買えません。つまり釣り銭は出てきません。またコインの投入口もありません。紙幣しか受け付けないのです。
3.ATMのキャッシングに余計な手数料がかかる
海外旅行ではなるべく現金を持たないように、こまめにキャッシングするのがいい、といいます。しかしキャッシングにかかる手数料については注意したほうがいいです。
インドには至る所にATMがあり、キャッシングには困りません。今回の旅行では計6回キャッシングを行いました。そのうち2回はインド側の手数料は無料でしたが、4回は手数料を取られました。せっかくREVOLUTを使って日本側の手数料を無料にしていても、インド側で高額の手数料を取られたら元も子もありません。
その手数料の金額は、銀行によって、また引き出す金額によってまちまちです。
手数料がいくらかかるか、先に画面で表示されるなら、判断できるのでまだいいです。手数料がいくらかも示されず、いきなりキャッシングが実施されるケースもあり、あとから明細を見て愕然とすることがあります。
4000ルピーの引き出しに対し手数料200ルピー(手数料5%)はまだ許容範囲ですが、1000ルピーの引き出しに対し手数料230ルピー(手数料23%)、3000ルピーの引き出しに対し手数料300ルピー(手数料10%)は法外としか言えません。
AIが丁寧にも手数料が少ない銀行を教えてくれるというので、それに従って銀行を探しキャシングしてみたら、手数料は安くなかった、ということもありました。AIは不正確なことも言います。どの銀行のATMを使うかは賭けのようなものです。
QRコード決済(UPI)を使うために
外国人がQRコード決済が利用できるようになったのは2025年中盤とのことです。そのことを旅行の途中で知るに至りました。もっと早く知っていれば、インド旅行ももっと快適だったことでしょう。
インドのQRコード決済はUPI(Unified Payment Interface)と呼ばれ、2016年に始まりました。通常のUPIはインドの銀行口座とインドの電話番号が必要ですが、2025年に外国人向けにUPI One Worldという、銀行口座も電話番号も不要のシステムが始まりました。外国人は空港や銀行の支店で、パスポートとビザを提出してUPIウォレットを作成、そのウォレットにクレジットやデビットを紐付けしてチャージすることでQRコード決済が可能になるようです。ただ、その申請が可能な空港や銀行支店は限られており、事前に調べておく必要があります。ウォレットに残っているルピーは出国の際、自国通貨に両替もできるようです。
これからのインド旅行は、着いた空港でまずUPIウォレットを作成し、現金の手持ちがないと不安なら少額を両替し、旅行中はUPIウォレットをメインに、クレジットカード、現金を混ぜながら支払いをする、というスタイルが一般的になることでしょう。
インド旅行に掛かった費用
15日間のインド旅行にかかった費用を計算しました。
往復航空券 ・・・66,300円
交通費(鉄道、バス、タクシ-等) ・・・24,000円
宿泊費(10泊) ・・・30,000円
食費 ・・・26,500円
観光費(入場料) ・・・17,000円
雑費(eSIM、銀行手数料、土産等) ・・・12,400円
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合計 176,200円
うち3万円はクレジットカードのポイントを活用しましたので、実質的な出費は146,200円でした。
出費を抑えるため、都市間の移動は夜行列車か夜行バスを使って宿泊費を節約し、市内移動や食事もできるだけ安くしようと努めましたが、17万円台に抑えるのがやっとでした。
かつてインドと言えば安い旅行先の代表で、数万円持って行けば何ヶ月か生活できる、という時代もあったようですが、今はそういうわけにはいきません。何しろ今年インドは日本を抜いてGDP世界第4位になるというのですから、それだけ経済成長しており物価も上がっています。
バスやメトロのような公共交通機関の運賃は格安だと感じましたが、ホテルとかレストランの価格はそれほど安くありません。もちろん円安の影響も無視できません。
インド旅行では支払いの際に困る場面が多々ありましたが、それについては項を改めて記します。
おまけのハノイ
2026年1月21日(水)
安いチケットにはよくあることですが、帰りのベトナム航空はハノイで20時間の待ち時間がありました。ほぼ1日あるので、ハノイ市街に出て行くことにします。ベトナムは2022年9月以来、3年4ヶ月ぶりです。
まずは到着後空港のベンチで3時間ほど仮眠。朝食は空港のレストランでバインミーをいただきました。

空港からハノイ市内に行くのは足が不便です。45分に1便ある空港バスか、タクシーを使うしかありません。空港バスを使って1時間かけて市内に移動。先回行かなかったホアロー刑務所に向かいます。
ホアロー刑務所はフランス植民地時代に建てられた政治犯の監獄です。現在は博物館となっています。当時の部屋が残されており、人形で当時の様子が再現されたり、拷問道具などが展示されています。




フランスで発明されたギロチンはここでも活躍しました。大勢の反植民地活動家が処刑されたようです。
フランス人の観光客一団がガイドの説明に聞き入っていました。自国の過去の歴史をどんな風に感じたか、興味があります。
ベトナム戦争当時は、捕虜となった米軍パロットの収容先となっていました。米軍捕虜に対する待遇は良かったように描かれています。政治的な意図も感じられる博物館です。
昼食は近くの店でフォー・ガー(鶏肉入りフォー)を食べました。


ハノイの今日の温度は14度。ちょっと寒い。曇りの天気で、雨も降ってきました。ベトナムは南北に長い国で、北と南ではだいぶ気候が違います。

これから何をしようかと地図を見ていて、ハノイにできた地下鉄に乗ってみようと思い立ちました。Googleマップで路線バスを調べ、最寄りの駅まで行きました。


窓口で切符を求めると、QRコードの小さなシールでした。手の甲に貼って改札でかざせ、とのジェスチャー。手の甲に貼る切符は初めての経験です。この路線は中国によって建設されたので、もしかしたら中国方式なのか。

地下鉄と行っても高架路線です。

一駅だけ乗り、終点で下車しました。
次に汽車に乗って川を渡ってみようと思いました。歩いてハノイ駅まで行きます。

北の方に向かう15時15分発の汽車に乗ります。汽車は1日に何本もありません。切符を買うのにパスポートを見せなければなりませんでした。買った切符には名前まで印字されていました。
ホームに停車中の汽車には上下二段式の車両もありました。



出発時間になり汽車はゆっくりと進行を始めました。この線路は単線で、両側に人家が迫っています。列車はその中をゆっくりゆっくり、人でいうなら早歩きぐらいのスピードで進んでいきます。窓の外には白人の観光客が大勢カメラを構えて見ています。そうか、ここはかつて訪れたハノイ・トレイン・ストリートなのか。
汽車を撮る観光客を車内から撮る図。

ハノイ駅から2駅目のジャーラム駅に到着。

ジャーラム駅からタクシーでハノイの中心、ホアンキエム湖の湖辺、Vintage1976Cafeにやってきました。3年前に飲んだココナッツ・コーヒーをもう一度飲んでみたかったのです。

シャーベットになったココナッツのほのかな甘み。懐かしい味です。暑い時ならもっとおいしく飲めたでしょうが。夕方になってきてますます寒くなりました。

バスでハノイ駅に戻りました。退勤時間になり、バイクの大群が駅前を走って行きます。
1時間かけて空港バスでハノイ・ノイバイ空港に戻りました。
今日の福岡行きベトナム航空は真夜中の1時55分発。6時間以上の忍耐の時間を空港で過ごすことになりました。先回も利用したノイバイ空港のSHプレミアムラウンジは、メニューも豊富でなかなかいいラウンジですが、最長3時間しか滞在できません。
ハノイには1日だけの滞在でしたが、念願のバインミーとフォーとココナッツコーヒーをいただくことができ、地下鉄と鉄道を経験することもでき、満足です。
ムンバイ3日目、そしてインド最終日
2026年1月20日(火)
帰国の日になりました。宿のチェックアウトは12時。それまで部屋でゆっくり過ごしました。結局オーナーのプラギャさんとは顔を合わせること無く、鍵のやり取りも連絡も全てWhatsAppを介してのものでした。
昼食はプラギャさんお勧めのアジア料理店へ。


タイ料理のパッタイを頼みました。パッタイ最高!ビールにもよく合います。やっぱりインド料理より東南アジア料理の方がいい。
歩いて最寄りの駅に向かいます。

ムンバイは電車が何路線もあり、主立ったターミナル駅も3駅あります。

電車で向かった先は、ドービー・ガートというムンバイ最大のスラム街です。
スラム街といっても、普通考えるようなスラム街ではなく、洗濯屋さんの集まりです。洗濯や清掃といった仕事は、ダリットと呼ばれる、カースト外の不可触民の人たちが行う仕事で、代々受け継がれていきます。

ドービー・ガートがよく見える場所に展望台があります。
この展望台は高層ビルとスラム街という対象的なものを、一緒に撮影できるということで、観光用にわざわざ作られたものです。

ご丁寧に、英語の説明書きもつけられています。

政府がスラム街という見世物小屋を後押ししているようにも見えます。
このドービー・ガートを見学するオプショナル・ツアーもあります。
次に向かったのは歴史博物館。

幅広い展示物に眼を奪われます。






この建物はインド・サラセン様式と言われるもので、インド・イギリス・イスラムが合体したデザインとのこと。建物自体が世界遺産に登録されています。

このあたりは歴史を感じさせる建物が多い。

空港に向かう地下鉄の途中にゾロアスター教の寺院があるというので見に行きました。
ゾロアスター教は歴史上の宗教かと思っていましたが、宗教の坩堝インドには生きていたのです。
想像していたものよりこぢんまりした、何の変哲もない建物でした。近くで写真を撮ろうとしたらポリスに咎められました。何でいけないのだろう。

今日の出発便は23:10発ハノイ行きのベトナム航空です。空港で長い待ち時間を耐えなければなりませんでした。
ムンバイ2日目
2026年1月19日(月)
今日は市街に出て行くのは止めて、宿の近所を散歩することにします。

この近辺はバンドラ・ウェストと呼ばれる、ムンバイでも屈指の高級住宅街です。

高層マンションが建ち並び、建設中のマンションにもたくさん出くわします。

一方で、下界の庶民の生活ぶりを見ると、そのギャップの大きさに圧倒されます。


宿から10分ほど歩くと海岸に出ます。インドの西海岸、望むのはアラビア海です。

しかし、海の水は濁っていて、ゴミは散乱しています。チェンナイの海と比べると波は穏やかですが、とても綺麗とは言えません。
おまけに・・・・

海岸でウンコしている人がいます。一人は排泄物を海に流そうとし、一人は排泄物を砂で埋めようとしています。
インドの野外排泄率は世界一高いと言われます。モディ政権は家にトイレを設置させようと躍起になっているようですが、トイレ普及率はまだ全世帯の半分くらいです。都市部ではかなりトイレが普及していますが、田舎に行くとまだまだ少ないようです。家にトイレがないのも、インド特有の浄・不浄観念から来ていて、トイレのような不浄なものは家に置いてはいけないという観念が背景にあります。何しろ古代マヌ法典の中に「排泄するときはできるだけ遠くに行け」と書かれているそうだから、インドの野外排泄は筋金入りなのです。
初めに汚いものを見てしまいましたが、南に下ると遊歩道が整備されていて、景色も良く歩きやすくなりました。


鳩が群れている海岸がありました。


ジョッギンコース、ウォーキングコースがあるジョガーズ・パーク。今の時間は閉鎖中でした。

この遊歩道沿いにボリウッド俳優サルマン・カーンが住んでいます。住所は公開されているので見に行きましたが、ポリスが何人もいて厳重に警戒されています。

道の向かい側から写真を撮ろうとしたら、近くで昼食を取っていたポリス数人に咎められました。(離れた場所から撮影)
→→→サルマン・カーンが実際に住んでいるのは、この写真の建物ではなく、写真に写ってない隣のビルでした。あとでYouTubeで確認しました。
何でこんなに警備されているのか警備されているのか、その理由は夜、わかりました。
サルマン・カーンの家からそう遠くない場所に、インドが生んだ世界的スーパースター、シャー・ルク・カーン(Times誌に「世界中に35億人のファンがいる」と紹介されたことも。)の家があります。人が大勢集っているのですぐにそれとわかりました。

みな代わるがわる記念写真を撮っています。


シャー・ルク・カーンは年に2回ベランダに出てファンに手を振ります。その映像を見たことがありますが、将棋倒しが起こって死傷者が出てもおかしくない騒ぎになっていました。昨年11月の誕生日は本来ファンサービスをする日でしたが、家が改装中だったことと警備上の問題で中止になったようです。
人が集ってくるので、それを目当てに物売りも集ってきます。すっかり観光名所になっています。

シャー・ルク・カーンの家の前の海も、全然綺麗な海ではありませんでした。

3大カーンのうちのもう一人、アーミル・カーンもこの近くに住んでいるらしい。
バンドラ・ウエストからマヒム湾を横切って市街地とを結ぶ海上の橋は、2008年に建設され、ムンバイを象徴する建造物になっています。

近くのカフェで遅めの昼食。このあたりはおしゃれなお店が多い。

サンドイッチとアイスコーヒーを注文。ムンバイは物価は高めですが、だいたい英語は通じるし、クレジットカードも使えます。

帰り道で見かけた電光掲示板。PM2.5が0.43というのは、ネットで調べると高いらしい。PM10というのも初めて聞いた。気温27.6℃、湿度46.3%はちょうどいい範囲。


今日は往復8kmは歩きました。
宿で一休みした後、夕陽を見にまた海岸に行きました。今日同宿のインド人が一緒に行くというので二人して出かけました。日没は18時21分。


同宿の彼の名はサーカルさんという方で、コルカタからガン治療のために年4回はムンバイに来ているといいます。ムンバイの医療技術は相当高いようです。
コルカタでは高校でベンガル語を教えているそうで、ベンガル語というとノーベル文学賞受賞のタゴールの話が出て、やはりベンガル人にとってタゴールは大いなる誇りのようです。
サーカルさんからサルマン・カーンの厳重な警戒の理由を聞きました。サルマン・カーンの鹿銃撃事件という有名な事件があり、希少種の鹿をサルマン・カーンが射殺したため、それを理由にギャング組織から殺害予告を受けているというのです。実際ネットで調べるといろいろ出てきました。事件自体は1998年に起こっていますが、まだ裁判は続いています。まるで現実がサスペンス映画をなぞっているような出来事です。

今日も締めくくりはビールとナッツのつまみ。
ムンバイ初日 世界遺産探訪
2026年1月18日(日)
夜行バスは5時にムンバイに到着。下ろされた場所は何もない道路の真ん中でした。
Googleマップを見ながら最寄りの駅まで川沿いを歩いて行きましたが、その川の匂いと来たら、チェンナイやアウランガーバードで嗅いだ化学物質に汚染された川の匂いで、吐き気を催すものです。大気も汚染されているようで、ちょっとかすんで見えます。


早朝なので空いています。30分くらいで終点駅に着きました。

ホームが7本もあるターミナル駅です。駅は乗客でごった返していました。

2008年のムンバイ同時多発テロでは、この構内でも銃の乱射があり犠牲者が出ています。
この駅舎は英国ゴシック建築とインドの伝統的な建築を組み合わせたもので、1878年に建造されました。世界遺産に指定されています。早朝のライトアップも相俟って、その優麗な姿には見惚れてしまいます。



今日は何かのイベントが行われている模様で、近くに寄れません。
音楽が鳴り響き、胸にゼッケンをつけた人たちが地下鉄から続々とやってきます。これが何のイベントだったのかは、その夜判明します。
地下鉄で岬の先の方、終点まで移動します。さすがインド第二の都市の地下鉄、券売機はあるし、きれいだし、ホームドアも設置されています。


歩いてムンバイ湾に出ました。奥に見えるはインド門。

インドを代表する高級ホテル、タージマハルホテル。タタ財閥の創始者により1903年に開業しました。

ムンバイ同時多発テロではこのホテルもテロの標的になり、多数の犠牲者を出しています。
インド映画「ホテル・ムンバイ」はそのテロ事件を題材にした映画で、犯人たちはエントランスホールで宿泊客や従業員を無差別に銃撃した後、各階の部屋を回って宿泊客を次々と射殺していきました。パキスタンのテロ組織が犯行声明を出しましたが、黒幕は捕まっていません。ほんの18年前にそんな恐ろしいことがあったとは信じられません。

観光名所の一つ、インド門にやってきました。1911年に英国王ジョージ5世がここに上陸したことを記念して建てられました。デリーにも同じようにインド門があると聞いています。
ここでもテロがあったせいか、広場に入るのに原純な荷物チェックがありました。

インド門の広場の一角にマラータ王国創始者チャトラパティ・シヴァージー像あり。駅舎おこの人物の名前を取って改名された。(元はヴィクトリア駅)

インド門からエレファンタ島に向かうフェリーに乗船しました。エレファンタ島には世界遺産エレファンタ石窟寺院があります。

ムンバイ湾を横切る形で進みます。エレファンタ島まで所要時間1時間でした。
カモメがフェリーを追いかけてきます。

フェリー桟橋にはミニトレインが待ってましたが、有料だったので歩いて行きました。

山の上にある石窟寺院まで坂を上り、歩いて30分以上かかる道のりでした。
エレファンタ石窟寺院はヒンドゥー教寺院です。








今まで見てきた石窟寺院に比べると数も少なく規模も小規模です。
ここに住んでいるサルはニホンザルに似ています。



帰りもフェリーで1時間かかりました。


スモッグがかかっていてぼやけて見えます。
タージマハルホテルの日本食レストランに行きました。タージマハルホテルへの入館は現純なセキュリティチェックがありました。


メニューを見てたまげました。味噌汁2100ルピー(約3570円)、天ぷらうどん2500ルピー(約4250円)。一番安い鉄板焼きライス(エビ入り)を頼みました。味噌汁より安い1900ルピー(3230円)。
寿司カウンターの隣の鉄板焼きカウンターでインド人の青年が作っていました。

ちょっと醤油を入れすぎかな。
ビール2本飲んで合計3200ルピー(5440円)。最初で最後の贅沢です。
地下鉄とウーバーで今日の宿に向かいました。今日はプラギャさんという方がオーナーの民泊です。この汚いビルの2階の1室が宿になっていました。

中は割とまともです。二段ベッドが2台のドミトリータイプの4人部屋です。

ここで、今日行われていたイベントがムンバイマラソンであることがわかりました。同宿の3人のうち2人がマラソンに参加していたのです。一人は東北の方から来てハーフマラソンに参加し、時間は3時間何分か。もう一人はデリーから来てフルマラソンに参加して、時間は5時間何分かだったとか。
ムンバイマラソンは2004年に、インドで初めて始まったマラソンということです。世界10大マラソンの一つに数えられているとか。今回の参加者は65,000人で、東京マラソンの参加者38,000人と比べてもその規模の大きさがわかります。
インドでマラソンのイメージ無かったですが、1月じゃないとできないでしょうね。
Googleマップで「高級食材店」という店を見つけ、何かないか探しに行きました。ビールとナッツとカップ麺を買って今日の夕食に。
