落書きと路駐の街アテネ

アテネの街は落書きであふれています。無傷の壁やシャッターは皆無ではないかと思われるくらいです。

 

 

 

公共の設備もこの通り落書きアートに覆われています。

地下鉄の車体も落書きだらけ。

 

リカヴィストの丘に設置されている案内板。本来その方向に何があるか示すものですが、落書きだらけでさっぱりわかりません。せっかくの観光地が台無しです。


アテネでもう一つ目立つのは路上駐車。さすがに大通りでは路駐はありませんが、一歩路地に入ると路駐だらけです。しかも大半の車が埃を被っています。これは違法ではないのでしょうか。

両側に車両が止っていると道幅が1車線分しかなく、必然的に一方通行になってしまいます。

韓国なども路駐が社会問題になっていると言いますが、車庫証明がないと車が買えない日本のシステムは優れていると感じます。

 

 

ここは青い線で囲まれているから違法ではなさそうです。

もともと狭い道は1列しか路駐できない。






 

ミケーネその他遺跡探訪バスツアー

2024年6月12日(水)

 

いよいよ旅程の最終日となりました。

 

今日はバスでミケーネ、エピダウロス、ナフプリオの古代遺跡を1日で巡るツアーに参加します。事前にネットで申し込んでいたものです。

 

 

最初に立ち寄ったのはコリントス運河。エーゲ海コリントス湾をつなぐ運河で、1893年に竣工したとのこと。上から眺めるとかなりの深さがあります。

 

コリントス運河

地震のために危険性が高まり現在は船の運航は停止しているとのこと。観光用とバンジージャンプにのみ利用されているそうです。

 

次の立ち寄り先は古代ギリシャ港湾都市エピダウロス。広大な遺跡が残っています。

 

 

この博物館は全て発掘品のレプリカだそうで、本物は初日に訪れたアテネ考古学博物館に収蔵されています。

エピダウロス博物館

次はナフタリオンの3つの要塞。これらは古代ではなくオスマン帝国時代の要塞。



最後に訪れたのがミケーネ遺跡。ミケーネ文明は古代ギリシャ文明の早期の文明。この遺跡には当時の人々の生活の跡が残っています。
こんなに山の中に初期の文明が発達したとは思ってもみませんでした。

 

この博物館の所蔵物も全てレプリカで、本物はアテネ考古学博物館に展示されているとのことです。

ミケーネ博物館

ところでミケーネに来たあたりから暑さが尋常でなく、気分が悪くなり観光どころではなくなりました。スマホで表示されたミケーネの温度は40度C。暑いはずです。40度は体験したことのない暑さです。日陰もほとんどなく、早めにバスに乗り込もうとしたら運転手に「冷房かけてないから中の方が暑いぞ」と言われてしまいました。

帰りのバスの中でもぐったりとして熱中症の一歩手前ではないかと思われました。

 

旅の最終日は散々な日になりました。

イドラ島とソクラテスの牢獄

2024年6月11日(火)

 

今日はピレウス港から船で近郊の島に行こうと思います。短パン、Tシャツ、サンダルの軽装で出かけました。

 

近郊の3島(エギナ島、ポロス島、イドラ島)を1日で回るツアーもありましたが、費用が高いので一つの島だけを巡ることにしました。その中で海がきれいだということなのでイドラ島に行くことにしました。

 

 

ピレウス港までは地下鉄で移動。地下鉄1号線と3号線が交わるシンタグマ広場が旅の出発点です。

 

シンタグマ広場

アテネエスカレータは大阪方式で、急ぐ人のために左側を空けてます。

 

 

地下鉄シンタグマ駅ホーム

公共交通機関共通チケット

チケットはバス、トロリーバス、地下鉄、トラムが共通で使えるチケットです。一番安いのが90分チケットで、90分以内ならどの交通機関も乗り換えできます。ただしこのチケットは地下鉄駅でしか購入できないので、最初は地下鉄を使わないといけないという不便さがあります。どの情報でも価格は1.4ユーロということでしたが、どういうことか1.2ユーロに値下がりしていました。

イドラ島行き高速船は片道40ユーロ(約6800円)もしました。想定外です。昨日80ユーロを下ろしたのですが、またキャッシングしないといけません。

高速船船内

デッキに出て風に当たりたかったのですが、デッキもない船でした。

 

約1時間50分でイドラ島が見えてきました。

イドラ島

家々のたたずまいはギリシャ風で絵になります。

 

港は観光客で一杯です。みやげ物屋、各種ショップ、ギャラリー、レストランなどがひしめき合っています。

 

この島は車の通行が禁止されており、移動手段はロバか徒歩しかありません。

 

海岸に沿って歩いて行くとだんだん人影も少なくなり、美しい海が見えてきました。

 

20分ばかり歩いたところで、2,3人しか泳いでない美しい海岸を見つけました。ここで泳ぐことにしました。

海の透明度はアドリア海イオニア海と比べものになりません。

 

1時間ばかりゆっくりと海水浴を楽しみました。最高に贅沢な時間でした。

 

帰りも高速艇で。往復で13200円もかけて海水浴だけというのは贅沢しすぎです。

 

アテネ市内に戻ってから、フィロパポスの丘に行きました。

 

 

丘の入口からちょっと進んだところに、ソクラテスがつながれ毒死したと伝えられる牢獄があります。なるほどそれらしく見えてきます。

ソクラテスの牢獄

牢獄の内部

この丘からアクロポリスが間近に見えます。

フィラパポスの丘よりアクロポリスを望む

 

サランダからアテネへ

2024年6月10日(月)

 

今日はバスでアテネに向かいます。

 

 

6時半出発のバスに乗るため5時に起床しました。

アテネ行きバス

出発して1時間でギリシャとの国境に来ました。

 

アルバニア側出国審査

アルバニアの出国審査は見ているとパソコンにパスポートNoを打ち込んでいるだけでした。出国スタンプは押されませんでした。

 

バスに乗ってちょっと行った先にギリシャの入国ゲートがありました。

ギリシャ側入国審査

ギリシャ側ではパスポートに入国スタンプが押されました。

 

4時間でコリントス湾に浮かぶ橋に到達。ここを渡るとペロポネソス半島です。

 

リオン・アンティリオン橋

 

ネットの情報ではサランダーアテネ間はバスで12時間かかる、ということだったので覚悟していましたが、ギリシャに入ってからは高速道路がよく整備されていて快走し、8時間半でアテネに着くことができました。

 

ホステルにチェックイン後、時間があったのでホステルから徒歩で行けるリカヴィストの丘に登りました。

 

 

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登り始めて25分で頂上に着きました。

 

リカヴィストの丘頂上

アテネ市内では最も高い丘で市内を一望できます。

 

正面はアクロポリスパルテノン神殿も小さく見えます。

 

パルテノン神殿拡大写真

1986年の第一回近代オリンピックの会場となったスタジアムも見えます。

パシナイコスタジアム拡大写真

アテネに帰還したお祝いに外食。サーモン(輸入物でしょうが)とビール+チップで25ユーロ(約4250円)。やっぱり外食は高く付く。このカボチャのようなペーストがほんのり甘くて美味しかった。

 

世界遺産ブリトント

2024年6月9日(日)

 

今日はサランダからバスで40分で行ける世界遺産ブリトントに行ってみます。

 

例によってGoogleマップでは検索しても出てこないので、地元の人に聞きつつバス停を探しました。

 

入場料1000レク(約1700円)は想定外でした。

 

この地には紀元前4世紀には都市が築かれましたが、その後ローマ帝国支配下におかれました。現在の遺跡はローマ帝国時代のものです。

 

 

このあたりは自然保護区にも指定されていて、城からの景観もすばらしかった。

 

イオニア海で海水浴


午後はホステルから歩いて5分の海岸に海水浴に行きました。


アドリア海イオニア海の境界がどこかわかりませんが、サランダの海はイオニア海らしい。海岸から5mも泳ぐともう足がつかなくなります。そのためかあまり沖まで泳いでいる人はいません。

海はあまり澄んでいませんでしたが、気分爽快。1時間ばかり泳いだり休んだりして過ごしました。

 

南国の花

サランダの街を彩る紫の花。南国に相応しい花です。ピンクや白、深紅の色違いもあります。

 






アルバニア最南端の街サランダ

2024年6月8日(土)

 

今日はバスでアルバニアの最南端の街まで移動します。

 

朝食をネナさんが用意してくれました。4人分くらいありました。

 

サランダまでの移動をどうしたらいいか、Googleマップにも出てこないので悩みます。ネナさんに相談したところ、バスターミナルまで連れて行ってくれるというのです。市内バスに乗ってバスターミナルまで約20分、料金は30レク(約51円)。2人分を車掌に払っていたのでその分を渡そうとするのですが、頑なに受け取りを拒否されました。これがアルバニア人のおもてなしなのか。大変お世話になりました。

 

バスターミナルにはサランダ行きの乗合いバスが来ていました。

サランダ行き乗合いバス

車内は満杯でした。

バス車内

 

 

約5時間でサランダに到着。

 

まずはアテネ行きのバスチケットの入手です。アテネまで辿り着けば何とか日本に帰れます。幸いバスの到着場所をうろうろしていたら「Athin」という看板を見つけ、そのオフィスで翌々日のアテネ行きバスチケットを購入できました。

 

ホステルに投宿後、サランダ市内を散策しました。

 

サランダはリゾート先として近年西欧で人気のようです。西欧人にとって物価の安いアルバニアに行くのは日本人がタイやベトナムに行くのと同じでしょうか。

 

 

海岸はそれほど混んでいません。これがハイシーズンになると芋を洗うような状態になるそうです。

 

ペットボトルの回収ボックスが至る所にありました。環境意識は高いようです。

ペットボトル回収ボックス

沖に見えるはギリシャ領のコルフ島。サランダからはフェリーで30分で行けます。コルフ島まで行けばアテネまでの直行便もあるし、アテネまでのフェリーもあります。それらも選択肢でしたが、経済面を考えると最も安いバスに落ち着きました。

コルフ島(ケルキラ島)

海の街らしく魚市場がありました。

 

レストランでクレジットが使えることを確認して海鮮スパゲッティを注文。量は少なめでしたが美味しかったです。

海鮮スパゲッティ














世界遺産ベラティ

2024年6月7日(金)

 

オフリドからいったんティラナに戻り、バスで世界遺産の街ベラティに向かいます。

 

 

北マケドニアアルバニアとの国境ではやはりアルバニア側の入国スタンプは押されませんでした。

 

ティラナのホステルで変換プラグを回収後、市内バスで北部・南部バス方面ターミナルに向かいました。ティラナのバスターミナルは北部・南部方面バスターミナル、国際バスターミナル、東部方面バスターミナルの3つ。着いた北部・南部方面バスターミナルはバスターミナルとは名ばかり、広い広場にバスが集合しているだけで、ビルもトイレもショップもチケット売場もありません。ホテルやショッピングモールまで完備していた東部ターミナルとは随分な違いです。

 

人が集ったら出発する式の乗合いバスで、「ベラーティ、ベラーティ」とさかんに呼び掛けをしている人に付いていってバスに乗り込みました。ベラティはベラトともいい、地元の人はベラーティと呼びます。約4時間のバス旅でベラティに到着しました。

 

ベラティは「千の窓を持つ街」として有名です。街で降りると早速千の窓がお出迎えです。

 

 

 

左上はベラティ城


これだけ窓があると確かに圧巻です。

 

ベラティではネナさんというおばあさんの自宅に宿泊します。

ネナさんの自宅

ネナさんはアルバニア語しか解さないのですが、こっちがわかろうがわかるまいが、徹頭徹尾アルバニア語で話してきます。だいたい雰囲気でわかる部分もありますが、肝心な部分はGoogle翻訳の力を借りるしかありません。

 

荷物を置いた後ベラティ城に登りました。

ベラティ城は紀元前4世紀にアルバニア人の先祖イリュリア人が建てたと言います。

 

長い坂を20分かけて登りました。坂の両側に居住している人もいますが、この坂を毎日登るのは大変だろうと思います。

 

 

 

城の中に住んでいる人もいます。世界遺産のお城の中に人々の生活があるというのはちょっと特異なことです。

 

 

 

 

ベラティ城から見る千の窓