世界遺産 ハットゥシャ遺跡

6月8日(木)

 

実は今回の旅で一番来たかったのはこのヒッタイトの都、ハットゥシャ遺跡です。ヒッタイトは世界で初めて鉄器を使ったことで知られていますが、まだわかってないことも多く、だからこそ興味が引かれます。

日本のヒッタイト研究の第一人者、大村幸弘氏の講演会が3月に福岡であり聞きに行きました。大村氏は30年以上カマン・カレホユックというヒッタイトの遺跡の発掘を行っていますが、1年で掘るのは30cmとのこと。大村氏によると、一つの遺跡には50-60の都市が積み重なっているといいます。一つの都市が滅んでも、そこに水があるから新たな都市がその上に形成されるということです。

 

まずバイカルさんが車で10分くらいのヤズルカヤ遺跡に送ってくれました。ヤズルカヤはヒッタイトにとって聖なる場所だったそうです。

神殿の入り口

 

とんがり帽子の12神

この神殿で最も高位の神

次にハットゥシャ遺跡にも車で送ってくれました。

入口に目立つのはJTが資金援助して建てたという城塞です。当時は周囲6キロの城塞が都を守っていたということです。

復元された城塞の一部

JTといえば、トルコは異様に喫煙率の高い国です。歩きたばこもポイ捨てもよく見ます。JTと何かの関係があるのか。。。

周囲6キロの城塞跡を約2時間半かけて歩いて回りました。

かつて栄華を誇った都も牛の放牧場と化していました。

山羊と羊も放牧されていました。

獅子の門

左側は損傷が激しかったため一部復元されています。

城の外に出るトンネル

トンネルの上にスフィンクス門があります。

スフィンクス

両方とも白いのはレプリカだからです。

王の門(レプリカ)

城塞は平面ではなく斜面に建てられており、一番高い場所に王の居住跡がありました。

ボアズカレ村のほうを望む

このあたりは緩やかな丘陵になっており、これなら戦車を率いて遠征するのも難しくないと感じました。

3500年以上前の遺跡だからやむを得ないですが、城塞と住居の石垣しか残っていません。でもその地を実際に歩くということが貴重な体験だと思うのです。2時間半のハイキングの間、観光客といえば車でガイドさんらしき人と来ていた女性一人でした。

 

ハットゥシャ遺跡を後にし、今日中にイスタンブールに戻ります。

スングルルまでバイカルさんに車で送ってもらいました。そこからアンカラまでは長距離バスで。アンカラからイスタンブールまでは夜行列車に乗ります。アンカラから高速鉄道(YHT)に乗るという手もありましたが、高速鉄道代+宿泊代>夜行列車代なので、夜行列車を使うことにしました。チケットはイズミルで買っておきました。

夜行列車の発車時間は22:00なのでまだ大分時間があります。

アンカラでは是非行っておきたい場所がありました。アナトリア文明博物館です。

アナトリア文明博物館入口

1997年の「ヨーロッパ博物館年間アワード」を受賞したと書かれていました。

確かに今まで見てきた博物館と比べて質量ともに抜きん出ています。特にヒッタイト関連の収集品は圧巻です。

 

ハットゥシャ遺跡の「王の門」の実物

楔形文字で書かれたヒッタイト文書

後期ヒッタイト時代の巨石

閉館間際に来たため40分しか観覧する時間がありませんでした。

 

アンカラ駅に早めに着きましたが、タクシーで連れて行かれたのは高速鉄道の駅だと後からわかりました。

アンカラ駅(高速鉄道駅)

できたばかりのようで、中は広々としていてきれいでした。

チェーン店でケバブを注文し、コーヒーを飲んだりして時間を潰します。4階テラスは外に開放されていて、アンカラの町を見下ろしながら飲食できる特等席です。

4階テラス

夜行列車は反対側の駅舎から出るとわかり、あわてて移動しました。もう列車は着いていました。

イスタンブール行き夜行列車

寝台車の通路

今夜のベッド

2段ベッドを独り占めできました。冷蔵庫にはスナック菓子とジュース。洗面台も付いていて外に顔を洗いに行かなくてすみます。